2017年05月17日

三四半世紀の想い出(51)

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基本設計課船殻計画係での業務について想い出してみる。

係の本務は船主、船級協会の承認を取得し生産用の詳細設計に展開されるキープランの作成である。
しかし仕様書と一般配置図から構造のキープランを設計するには長い年月にわたる経験と失敗と対策を重ね年期を積まなくてはならず短期間で一人前にはなれなかった。

船体の構造には大きなうねりに耐えられる全体強度が必要で、航走中に気になるような振動が起きてもいけない。
船体強度の基本は縦強度と呼ばれるもので主船体を両端自由な1本の梁とみなして船体の自重や載荷の重量分布、うねりの浮力分布による曲げモーメントや剪断力に耐えることが求められる。船体横断面図(Midshipsection)が出来ると縦通材の断面積と船体上の位置から断面常数が積算できる。
パネルやブラケットの局部強度も圧縮材の座屈の検討も必要になる。

振動は厄介であった。船体固有振動数が推進器の回転数に同調して共振を起こすことは避けなければならなかった。試運転のあとプロペラ翼数を換えなければならない場合もある。局部振動も要注意であった。

新造船の引き合い段階で船倉割りや積み付け案の可否を問われる場合もある。

その頃の設計計算には計算尺が用いられていた。少しでも計算精度を上げようと脇差しのような計算尺を会議に持ち込むものも居た。
私も工学部のときに計算尺を買ったが、設計に入ってからは雑用紙で筆算をしていた。
いつか父が見つけて「これじゃ大変だな」と言ったことがある。

広島造船所の設計も長崎に較べれば人材が不足気味であったが中小の造船所の技術陣はもっと手薄で、それを造船協会や西部造船会の構造委員会がカバーしていた。
中小造船所は就航した船の損傷対策で手に余るものを資料にして委員会(損傷小委員会)に提出するのである。船舶工学や造船学の大学教授は、ここで具体的な設計事例(損傷事例)を知ることが出来、造船所側は補修やその後の対策が学べるわけである。

私はキープランをオンザジョブで学びながら、強度や振動の計算を行ったり、構造委員会の資料作りなどをやっていた。

それでも新米はベテランほど業務に追い回されず大目に見て貰っていたので図庫からFORTRANの資料を読んで自習することが出来た。
1964(昭和39)年に広島研究所に第二計装研究課が出来たときにそこの電子計算係長であった成富氏は「定年まで6ヶ月以上あるものはプログラミングを覚えること」と言っていた。

FORTRANとは言ってもFORTRANUやFORTRANWのように標準化されたものではなかった。

大文字、小文字の使い分けも出来ず、変数名は5桁までしか使えなかった。
サブルーチンやファンクションも使えたかどうか覚えていない。

基本計画業務で一番使われたプログラムは縦強度計算プログラムだろう。
計画している船の主寸法が決まってホールド割りが決まると、様々な積み付けが計画される。満載状態でないときは各ホールドに均等に積むことはない。片寄せて積み、空艙を作っておけば荷揚げのときに多少でも手間が省ける。但し、それによってトリムが付いたり主船体に掛かる曲げや剪断力が過重になってはならない。
それでロンドンなど現地での打ち合わせが終わって出張員から多ケースの積み付け案がテレファックスで送られてくる。時間差を利用して翌朝までにケース毎の可否を知らせて交渉が続く。
このためその日は徹夜でコンピュータ室に籠もる。つまらぬデータの誤記やパンチミスがある可能性があるからである。

このほかハッチコーミング端部のブラケット形状だとか幾つかのプログラムを作ったが重量や金額の集計のような表計算で済むようなものはコーディングする暇がなかった。
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1969(昭和44)年にIBM1620がIBM1130に換わって紙テープ入力からカード入力に変わり、テープを切り貼りしての部分修正がカードの差し替えで済むようになった。


posted by bremen at 15:05| Comment(0) | 想い出
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